The two drops of oil

本と語学とアニメと映画、時々旅行。他にもいろいろ普段人前でしゃべり足りないことを書いてます(´-`*)

映画『Jesus Camp』を観ました。疑問が疑問を呼ぶ作品。

連休前半はせっせと旅に出ておりましたが、後半は近場にお出かけするくらいにしてまったり過ごします。

ここのとこしばらく忙しくて、なかなか映画見れていなかったのですが、久しぶりに観た映画がこちら。


Jesus Camp (2006) Official Trailer #1 - Documentary Movie HD

進撃の巨人』作者の諌山創先生が、リヴァイ兵長の名前はこの作品に出てくるリヴァイ少年の名前から取りました。と言っていたのをどこかで読んで、それから気になっていた(笑)のですが、ようやく見ることができました。

 

<あらすじ>

キリスト教福音宣教会のフィッシャー女史が主催する、子供のサマーキャンプに密着したドキュメンタリー。
全米・全世界の福音宣教会信者の家庭から子供たちが参加するキャンプでは、
子供たちに原罪を懺悔させ、中絶反対を解き、キリスト教を推進するブッシュを奉っていた。

 

<感想>

作品の中で描かれるキャンプの様子ですが、子供たちが泣きながら現在を懺悔したり、トランス状態で祈りを叫んだり、子供を学校に通わせず親がホームスクーリングしたりと、平均的な日本人を自称する私の目からすれば、まぁ異質なものでした。

第二次世界大戦以降の日本人は信仰アレルギーがある?ところもあるので、そのせいかしら、と思いましたが、英語でググって出てくる感想も、かなり否定的なものが多かったです。

実際、このキャンプ、映画が放映された後あまりにネガティブな意見が多くて、閉鎖に追い込まれたそうです。

まぁ、映像見る限りだとたしかに異様。神の名のもとに“絶対的な正義”を子どもに植えつけ、キリスト教アルカイダの養成所だ!とか、洗脳教育だ!とか言われており…たしかにそのような印象も受けたのですが…同時にこれは、明らかに作り手の批判的立場が反映されている構成だろうな、フェアじゃないな。という印象も。それとまた同時にいくつかの疑問も覚えました。

 

<疑問①>フィッシャー女史はなぜ、このドキュメンタリー制作を許したのか?

この作品は明らかに同キャンプに対してネガティブな印象を持つ人が作成したつくりになっています。見た人の多くがキャンプの方針に対して一種の不気味さを覚えるのではないでしょうか?

そんな映画が作られることを、なぜ彼女が許したのか。もしかしたら、自分のしていることに絶対の自信を持っていて、公開されれば大衆から支持が得られると思っていたのかもしれないですけど…私の想定ではきっと事前段階で聞かされている話と完成した作品が大きく違ったんじゃないかなぁと思うのです…。

キャンプそのものはともかく、住んでいる地域も顔も名前もさらされた子供たちのプライバシーなんかも気になりました。彼ら彼女らは子供らしい無邪気さでキャンプを楽しみつつ信仰に傾倒していくわけですが…それをこんな形で公開され、子供たちの心的ショックが心配です…。

 

<疑問②>なにがそんなに大衆に受け入れられなかったのだろうか?

日本にいると信仰の話をすることって多くないですよね。多分。

たまに、勧誘受けたりしますが、ちょっと怖いなーって思うことが多いです。

宗教や信仰って、それ自体は悪い物ではないのですが、

私個人に限って、そういった勧誘が怖いな、と思うのは、そうした勧誘をする人の多くが、

「神の意思とやらに従って、自分で考えることをやめてしまう」ように見えることなんですね。

宗教に限らず、自己啓発セミナー?などにはまった旧友なども何人か知っていますが、

熱心に勧誘してくる子に限って、目の奥が怖いっていうか、独特の曇り?盲信、と言う言葉がぴったりの、どこか虚ろな表情をしていることが多いです。

健全(?)に信仰を持っていたり自己研鑽のためにセミナー参加しているような人は、そんなことないんですがね…きっとその辺りの差異ではないだろうかと。

 

<疑問③>そこまでやばいこと言ってるだろうか…?

このドキュメンタリーで描かれてるトピックって、正直に言っちゃうとそこまでやばいことか?と思うのです。

中絶の反対とか、まぁ、いろいろ考慮する事態はありますよ。妊婦が若すぎるとか、妊娠してから病気が見つかったとか、レイプや虐待による望まぬ妊娠とか経済的な事情とかいろいろ。色んなケースがあるから、一括りにダメ!絶対!てのは極端だと思うんですが…生まれてくる前の胎児もひとつの命ですから…。その大切さを説くことはむしろ、大切なんじゃないの…?と私は思います。

ブッシュ万歳!や子供を学校に通わせず進化論を否定するようなホームスクーリングなんかも、すごくたたかれてますが、どこの国のメディアも教育も多かれ少なかれ、似たようなこと、やってますからね。日本でも歴史教科書問題とか再三出てきますし。これ見てうわぁ、怖い。自分は洗脳されなくて良かった、と思うような、“多数派の市民”を自認している方なんかも、案外やばいのかもしれません。

 

<結論>、のようなもの。

子供ってほんとにピュアピュアなので、なんでも簡単に信じてしまう。大人になってからの信じると、子供の頃の信じるは、全く別物です。

私の祖父も、子供のころ(戦時)は、大きくなったら立派な兵士になって沢山鬼畜米英を殺すんだ!って純粋に夢見ていたと語っています。かたや曾祖父は、もともと病弱な方だったらしいのですが、戦争に行きたくなくて、健康診断前に食事制限をして、前線に立たなくてもいいように体重を落としたそうです。

このことからも、子供に何かを信じ込ませることのあやうさがわかると思うのですが、キリスト教が身近な国や地域に一度住んでみると、たぶんこのキャンプの不自然さだけじゃなくて、このキャンプに通う人たちにとっては、ごくごく自然な生活の一部なんだろうなーとも思うのです。

ですので、大衆が良しとしているものと異なる教義に基づいて、子供を洗脳するなんて、なんてひどいキャンプなんだ!ってたたくのも違うだろう、と思う一方、やっぱり、自分で考える力を奪ってしまうようなことだけは避けたいな。

と、なんとも言われぬ、疑問が疑問を呼ぶような作品でした。